京建具の製造・販売 障子や扉、家具など。株式会社トクダ

お茶室

お茶室について

書院式茶室草庵風茶室の2種類があります。もともと 茶道は遣唐使が中国より、お茶の苗木を持ち帰り、栽培したところから始まりました。そこで、公家や禅寺の僧侶、武士のあいだで行われておりました。奈良称名寺から出た珠光は、当時の台子式事はあまりにも貴族的で一般民衆でなかったら、茶道本来の禅的精神にのっとって、大広間を4分の1程度に縮小し、一般民衆にも行えるよう発案工夫したと伝えられております。そこで、書院広間の座敷を屏風で囲い点茶の用に供したものからはじまった。本宅と連続して建てている茶室を囲いといっております。

お茶室の入り口
貴人口、にじり口、茶道口、給仕口等、茶室への入り口は多くあります。
にじり口

にじり口

給事口・茶仕口其の一・茶道口其の二

給事口・茶仕口其の一・茶道口其の二


お茶室の門
・梅軒門
宗旦宗匠(1578〜1658)の居間の上の額に梅軒とあったので、その居間を梅軒と呼びその前にあった中門を梅軒門となずけた露地内の門の一種です。 建具は横桟に白竹を打ちつけた両開きの建具がとりついております。
・利休好 猿戸
露地内における小門の戸の一形式です。上下に角を出し黒部へぎ板を張り、煤竹で押さえた建具で、横猿(栓、くるる)の付いたもの。横猿の無いものは角戸と呼ばれております。
利休好 猿戸

利休好 猿戸

梅軒門

梅軒門


院式茶室


書院式茶室の由来
公家、僧侶、武士の間で行われておりました。
ただ、当時、茶道は限られた地位の人のみがたしなんでおり、一般民衆的でなかったのが現実のようです。
そこで、奈良の称名寺から出た、珠光というお坊さんは茶道本来の精神にのっとり広間を4分の1程度に縮小し書院広間の座敷を屏風で囲い点茶の用に供したものを発案工夫し一般民衆でも茶道が行えるようにしたと伝えられております。

庵風茶室


草庵風茶室の由来
草庵風茶室は庭園に独立して建てられております。戦国時代に武将が戦地で仮拵らへの小さな小屋風の建物が始まりと言われております。材料も現地で簡単に手に入る細い雑多な小丸太を集め簡素な室を作り、一服のお茶を飲み、精神を落ち着かせた後、合戦に望んだものと思われます。
草庵風茶室のにじり口
草庵風茶室における独特の出入り口で高さ約70cm、幅約60cm、ぐらいで片引のささ戸が建てられております。この小さな入り口より入るには頭を下げ、にじって入る為この名称がつけられました。又、武士は刀を帯刀しては入れません。そこで、入り口の脇に刀を置く刀掛けという棚が設けられておりました。茶室に入る時は貴賎貧富も無く平等で、天下泰平の場所であり、茶室を禅堂としてここでは一切皆空を誓って闘争の意を無くすという理念にもとづいたものでした。
草庵風茶室のにじり口

草庵風茶室のにじり口

刀掛け

刀掛け


草庵風茶室における窓
窓は本来、採光を第一に通風喚気、外部の眺望を目的としておりますが、茶室においては、採光と換気が主目的で席についてからはほとんど庭を眺めることがありません。それは、席入の際、露地を通って十分に鑑賞し、中立の後にも腰掛けて待ちながら十分庭を鑑賞するからです。但し、一方の風景が格別に優れている場合には、障子を開けて窓越しに遠望を景観する場合もあります。
にじり口内側

にじり口内側


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